予防歯科の主人公は何と言っても、歯科衛生士さん達です。現時点では、社会からの認識はまだまだ低いかもしれませんが、医療の世界は、治療から予防へと着実に変わりつつあります。これからはどんどん活躍の場が与えられると思います。”歯医者さんのお手伝いをするおねえさん”から”プロの歯科衛生士”へと羽ばたいてください。
”おとぎの国への夢を追いかけて”というのは、私から衛生士さんへのエールです。歯科衛生士向けの雑誌”デンタルハイジーン”2001年2月20日発行第21巻第2号に掲載されました(残念ながらデジタル版は2002年度から始まりましたので載せます)。理想のデンタルランドでの衛生士さんへのエール、結婚、出産、育児をしながら、仕事を続ける人たちへのエールなどなど、よかったら読んでみてください。イノウエ矯正歯科のスタッフは、おとぎの国の実現に向けて、毎日がんばってます。
おとぎの国への夢を追いかけて
あるおとぎの国のお話です。その国では、小さい時から子供達一人一人に、やさしいお姉さんがついていて、「あなたは虫歯になりやすいタイプだから、おやつの後は必ずキシリトールガムをかまないといけないわね。寝る前には必ず歯を磨いてもらって、フッ素のうがいをしてからおやすみね。」とか、「あなたは虫歯君には強いけど、油断しているとすぐに歯石がついてしまうから、歯ぐきの周りをていねいに磨こうね。」などと予防歯科に関するアドバイスをしてくれるのです。そのお姉さんの名前は歯科衛生士さん。時には「ちゃんとお口を閉じてお鼻で息をしなくてはいけないのよ。」とか、「指しゃぶりさんもそろそろやめないときれいな歯並びにならないわよ。」など、口呼吸や悪習癖を原因とする不正咬合を予防することも教えてくれるのです。子供達はあの恐ろしいタービンの音を聞くこともなく、複雑な矯正装置を入れられる事もなく成人し、つらいスケーリングを経験する事もなく、年老いていくのです。衛生士さんの指導だけで、こんなにすばらしい健康なデンタルライフを送れるおとぎの国があったらどんなにすばらしいことでしょう。こんなおとぎの国では、私を含め歯科医師は出る幕がなくなるのですが、これぐらいの夢とプライドを衛生士さんには秘めておいてほしいと思っています。衛生士の仕事のすばらしさ、本来の仕事のあり方を、自分の中で大なり小なりその人らしく少しずつ育てていてほしいと思っています。
遅くなりましたが、私は大学を卒業後、医局で10年、開業して10年を経過した矯正専門医です。その間、結婚、二児の出産、学位の取得と必死で毎日と戦ってきましたが、ようやく診療所も軌道に乗り、子供は親を離れ始め、最近少し余裕が持てるようになってきたかなと感じています。卒後20年間、少しでも良い治療成績を残したいと勉強を続けてきましたが、最近ひしひしと感じる事は”予防は治療にまさる”という16世紀のオランダの学者の言葉の重さです。不正咬合の治療にせよ、顎関節の治療にせよ、状態の悪化した患者さんを治療できた時の充実感もさることながら、ちょっとしたアドバイスや簡単な治療だけで、将来起こるかも知れなかった大きな問題を予防できたときの喜びに勝るものはないと感じます。
しかし、夢のような理想論を唱える私にもいつも悩みは満載で、仕事でも子育てでも、思い通りに動けない現実に頭を痛める毎日です。よく若い女性から、仕事と子育ての両立について質問されます。「私が質問したいわ。」とお返ししたい気持ちですが、そんな時はいつも、服部祥子先生の”親と子”(新潮選書)をお薦めしています。もう一つ、私の世界中で一番好きな歌 ” When you wish upon a star, your dream comes true !”もお薦めします。いつも努力を怠らなければ、最後まであきらめなければ、全部は叶えられなくても、いつの日か少しは必ず実現すると思っています。
そんな私の夢が叶ったのが、虫歯予防の絵本の出版です。開業当時よりヘルスケアの先生方のご講演を聞けば聞くほど、私の診療所の子供達やお母さん方にもわかりやすくカリオロジーを教えてあげたい。そんな絵本がほしい。と思っていました。そんな時、幸運にも娘の学校に手作り絵本サークルが誕生したのです。なんとかなるかなと飛びこんだものの、やはりなかなか進まず完成までに2年半もかかってしまいました。絵本の先生から完成した絵本を出版するよう勧めてもらったものの、やはりなかなか話がまとまらず、何度も挫折しそうになりましたが、ついに絵本の出版社である岩崎書店より平成12年の6月に”どうしてむしばになるの”というタイトルで出版することができました。値段も1300円と買って頂きやすい価格になりました。脱灰と再石灰化の話、ステファンカーブの1日の変化、虫歯になりやすい理由などをわかりやすく楽しく表現したつもりです。よろしければ是非ごらんになってください。
今、私の診療室で初めて出産、育休、そして職場復帰をめざしている衛生士がいます。開業10年にして、ようやく私の理想とする衛生士の仕事場らしくなってきたような気がします。仕事と家庭の両立は決して楽ではないけれど、たいへんだからこそ、患者さんからの”ありがとう”が倍うれしいはずです。学校を卒業したばかりの人、独身で仕事に燃えている人、結婚してダンナちゃんの理解のある人、なくて苦労している人、子育てに悩む人、子育ての終わった人、いろいろな立場の衛生士さんが、力を合わせて、一つ”患者さんの健康のために”という目標に向う時、素晴らしい診療室が生まれるのだと思います。毎日の仕事は決して楽ではないけれど、自分の夢を持ち続けて、皆で楽しくがんばっていきましょう。(2001年2月)